2019.09.16

料理と「やらない選択」

こんにちは! Graceful Movementの長島です。
今日は施術のこととはあまり関係ないのですが、
下記の記事をシェアしたいと思いましたので、つらつらと書かせていただきます。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67071?page=5

コウケンテツさんの文章、久しぶりに読んだ程度の私がいうのもナンですが、私好きです。

「料理」そのものの研究にとどまらない料理への姿勢。
いいですよねー。

ぜひ読んでみていただきたい、と思ったのであまり書かない内容ですがシェアします。

 

 

その記事、読んで自分が思ったことですが、大したことを考えたわけではありません。
ただ、料理の周縁的なところも含めて、「料理」を考えることって、しばらく忘れてた!
ってことです。

 

普段の私は、家での食事の大半を作っています。
ある意味料理が趣味で、家事の他の部分をサボって、食事当番を買って出ているような状態です。

体を作っているのは、紛れもなく、日々食べる食物です。
だから口に入るものは可能な限り、余計なものの入っていない健康的なものにしよう、
可能な限り自分で作って家族を健康にしよう!

味を子供向けに工夫して、、、
飽きないようにバリエーションを増やして、、、
時間を作るために、料理は時短して、、

そんなことばっかり考えています。

物事に没入してしまう癖があるため、料理に凝り始めるとキリがない性分です。
家族は、こんな私の性格をうまく操縦してくれているのではないかと思うこの頃です。
リクエストの出し方も何だか労力的に無理のないところを適切に出してきます。

 

 

話が脱線しましたが、

コウケンテツさんの記事の中で世界の家庭料理について語られる中、
フランスの女性が平日は忙しく、料理をしない点について話しているのは面白かったです。

 

加えて、様々な国の家庭での食卓は、「家族みんなで作るもの」だと考えられている面があることに、ハッとさせられました。
職人気質というか、台所仕事をやり始めると、全てを自分で管理したくなっている。
そんな自分の在りように思い当たって、これではイカンように思うのです。

家族みんなで作る食卓、、、素晴らしいじゃないですか。

テーブルセットや食後の皿洗い、みんなで作る食卓を目指して、うちの3歳児も徐々に巻き込んで行きたい、、そんな風に思いました。

 

 

人体にしろ、家族や対人の関係性にしろ、時々直感的に「これはつながっているな」と感じることがあります。
今回は、料理について、そして「食卓を作る」ことについて。
「自分」でやりすぎる、頑張りすぎることは、「他」を甘やかす結果になっていたり、もしくは活躍する機会を奪っていたりするかもしれません。

何かを「やらない= non-doing」な選択が常に何かの間には介在していることを忘れてはいけないと感じます。

「やらない」選択はボディーワークを考える上で、とても大事なことだと思います。

全てを「足し算」で身につけていくことに私たちは慣れているけれど、
筋肉も、神経系のシステムも、どこかで整理整頓、つまり「引き算」をして整理しないと、新しいことを受け入れていくことは困難です。
そのための、引き算。

やらない選択をして、浮いた時間や機会、体力を、自分が輝ける方向に振り向ける!
心も体も、そのようにしていきたいものです。

読んでいただきありがとうございます。
長島

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